大阪高等裁判所 昭和40年(ネ)524号 判決 1967年9月26日
控訴人 大沢正徳
被控訴人 樫本定雄
主文
原判決中控訴人敗訴部分を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴人は主文と同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上および法律上の陳述ならびに証拠関係は、次に付加訂正するほか、原判決事実摘示と同一である。
(被控訴人の陳述)
被控訴人は宅地建物取引業法に基づき兵庫県知事の登録を受けた宅地建物取引業者(以下単に業者という)である。
本件売買につき、控訴人から昭和三五年一〇月頃仲介の依頼を受けたが、仲介報酬につき別段の約定はしなかつた。
(控訴人の陳述)
一、被控訴人が右登録業者であることは認めるが、控訴人が本件売買の仲介を依頼したとの点は否認する。
二、宅地建物の売買において、業者がその売主または買主もしくは双方に対して報酬を請求しうるためには(1) 売買の成立につき当事者からその代理もしくは媒介の依頼を受けたこと(2) その依頼に基づく代理もしくは媒介をしたこと(3) その結果売買が成立したことの三要件を具備することが必要である。しかも、その売買は、当事者双方が対等の地位にあり、かつ、相互の利益を目的としてなされるのが通例である。
本件においては、買主である兵庫県(以下単に県ともいう)は公権力を有する地方公共団体であるのに、売主である控訴人は一農民に過ぎないし、売買の目的も双方の利益のためではなく、県営住宅団地造成という公共の利益のためである。控訴人は県の買収指定価格が時価より著しく低廉であつたので終始拒否の態度を堅持していたが、県から公共のためであるとして半強制的に売渡を要請されたため、やむなくこれを承諾したのである。従つて、控訴人が被控訴人に対してわざわざ売渡の仲介を依頼する筈がなく、また、本件売買の成立も被控訴人の仲介の結果に負うものではない。なお、控訴人は県の当初買収申出面積に対し二〇〇坪を除外して本件売買に応じたものであるが、元来、控訴人に県の申出を承諾せねばならない義務はないのであるから、これをもつて控訴人が被控訴人に対し右二〇〇坪を除外して貰うべく依頼したと見るべきではない。
本件のように、県が公共の目的で多数の者から土地を買収するにあたり、県においてその代理もしくは媒介を業者に依頼した場合、その業者は、依頼を受けた県に対して報酬を請求するのは格別、依頼を受けていない売主に対しては報酬支払の特約をしていない限りこれを請求することができないものというべく、これは現時社会の通念であり、また、右報酬に関する兵庫県告示第一一〇号の法意とするところである。
三、仮りにそうでないとしても、被控訴人は控訴人の代理人である父大沢甚蔵に対し、昭和三五年春神戸市垂水区多聞町公会堂において、また、同年秋同区舞子町魚仙料理店において、本件売買について仲介報酬は不要である旨言明した。
(新証拠)<省略>
理由
一、被控訴人がその主張する登録業者であること、被控訴人主張のとおり控訴人がその所有山林(本件土地という)を兵庫県に売渡したことは、当事者間に争いがない。
二、被控訴人は右売買は被控訴人が仲介したもので、かつ、控訴人からも仲介の依頼を受けた旨主張するので、検討する。
(一)、成立に争いのない甲一号証、乙一号証と原審証人金尾行雄、小西維男、柏木信見、尾西堯、田中忠夫、原審および当審証人柏木兼男、北川正、当審証人大沢甚蔵の各証言ならびに当審における被控訴本人尋問の結果を総合すると
(1)、兵庫県は、神戸市垂水区多間町所在の本件土地周辺一帯の山林、畑等約五、六万坪を買収して宅地を造成し、県営住宅を建設する計画を樹てたが、この計画は被控訴人の進言に負うところもあつたので、同人に対し、右用地を確保するため買収の斡旋その他必要な手段を講ずるように依頼した。
(2)、右依頼を受けた被控訴人は、かねて意向を打診してあつた多聞町の有力者金尾行雄(農業協同組合支部長)や田中忠夫(農業委員)に改めて買収交渉の協力を頼み、昭和三五年春頃、とりあえず買収計画土地の所有者らを多間町公会堂に集めて貰い、県の係員とともに出席して説明会を開き、県の住宅用地買収計画の趣旨を説明し、公のためであるからこの計画に協力して買収に応じて貰いたい旨要請した。しかし、参集した約二〇名の所有者らには、県の申出た買収価格が時価より安いとして不満の声もあつたので、被控訴人は、集会を続行することとし、他方、所有者との個別交渉をも開始した。
(3)、集会に集つた所有者らは、当初被控訴人を県の係員と思つていたが、集会を重ねているうち、業者であることを知り、たださえ買収価格が安いのに、業者が仲に入つているとその手数料までとられることになるのではないかとおそれ、県の係員に対し被控訴人が介在するのであれば買収に応ずることはできないと言い出した。
(4)、その後、被控訴人は自らは集会に出席することを止め、県の係員だけを出席させ、その代りに前記金尾行雄に所有者らの説得を頼み、専ら同人の尽力によつて係員との間に交渉を進めて貰い、その結果、一〇数名が買収に応ずることを承諾したが、他の数名に金尾の説得にもかかわらずいまだ買収に応じようとしたなかつた。
(5)、県の買収計画には控訴人所有の土地(本件土地およびその地続きの二〇〇坪の土地)も含まれていたので、控訴人の代理としてその父大沢甚蔵が前記公会堂の集会に出席し、また、被控訴人も甚蔵に対してその買収の交渉をしていた。ところで被控訴人は偶然当初から甚蔵と相知るようになつた。即ち、被控訴人は買収交渉を開始する以前、甚蔵が買収計画土地の一部の売買を斡施しているとの噂を聞き、地元の者にそのようなことをされては自己の斡旋に支障を来たすことをおそれ、早速同人に対し清酒を贈つて自己に協力してくれるように頼み、甚蔵も協力を約し、その後自己所有の別途の土地を被控訴人に売渡したりもした(後に被控訴人はこれを県に売渡した)程になつた。
(6)、しかるに控訴人の右所有地については、甚蔵は被控訴人の買収交渉に対し、買収価格が安いうえに、右土地は計画されている造成地の入口に当る位置にあつて他の土地より価値があるので、それ相応に高く買つてくれるのでなければ応ずることはできないとして、容易に承諾しようとせず、前記金尾行雄の斡旋も拒絶し、前記一〇数名が買収を承諾した後も依然として強硬な態度であつた。
(7)、それで被控訴人は甚蔵に対し、清酒を再び贈り、あるのは、料亭に招くなどして懇請したところ、甚蔵においても、これ以上頑張つてみたところで県が控訴人の所有地だけを他より高く買いそうにはなく、また、最後まで独り反対していると土地収用法によつて収用されるかもしれないと思い直し、遂に、孫のために必要であつた二〇〇坪を除き本件土地部分だけの買収に応ずる旨譲歩するに至つた。被控訴人は甚蔵の態度からみてこれ以上のことは望めないと思い、この旨県に報告し、県においてもやむをえないものと認め、控訴人所有土地については本件土地部分のみを買収することとし、最後に県の係員が本件土地の現地を調査したうえ、ようやくにして昭和三六年二月に至り、本件売買契約の締結をみたことが認められ(あるいは推認され)、被控訴本人尋問の結果および証人大沢甚蔵の証言中、いずれも右認定に反する部分は措信できず、他にこれを左右するに足る証拠はない。
(二)、以上の認定事実によると、本件売買は、被控訴人が兵庫県から前示宅地造成用地確保のため買収の斡旋等を委託され、その一環として、控訴人の所有地につきその代理人大沢甚蔵との間に折衝を重ねて尽力した結果、契約締結の運びに至つたものということができるけれども、被控訴人主張のように控訴人からもその斡旋を委託されたと認めるに足る証拠はない。なお、前示のとおり、右甚蔵が被控訴人から買収交渉を受け、県の希望に対し二〇〇坪の土地を除き本件土地だけであれば買収に応じてもよい旨申出たことが認められるけれども、甚蔵はもともと買収自体に全面的に反対していたのを被控訴人の説得によりやむなく本件土地だけであれば買収に応ずる旨答えたに過ぎないものであるから、右申出たことをもつて本件売買の斡旋を委託したものと解することができない。
三、被控訴人は本件売買については控訴人に対しても仲介報酬を請求できると主張し、控訴人は仲介を依頼しない自己がそれを請求されるいわれはないと反論する。
被控訴人のした本件土地売買の仲介は、商行為ではない売買の仲介であるから、商事仲立に対して民事仲立といわれるものである。ところで、依頼者と仲介人との間に結ばれる仲介契約は、媒介という事実行為をすることの依頼であるから民法上の準委任と解すべきであり、本件においては、被控訴人は宅地建物取引業者であるから商法五〇二条一一号によつて商人とされ、従つて、商法五一二条が適用されるので、依頼者兵庫県に対しては相当の報酬を請求することができるものと解するが、依頼を受けていない控訴人に対しては、報酬を請求することはできないものと解するのが相当である。もつとも、商事仲立人の報酬については、商法五五〇条二項に「当事者双方平分して之を負担す」との規定(仲立人は依頼を受けない当事者に対しても報酬請求権を有する趣旨と解されている)があり、これを民事仲立にも類推適用すべきであるとする見解があるが、左祖できない。なぜならば、右規定の存する所以は、商事仲立においては民事仲立と異なり、仲介される行為が商行為であつて、原則として当事者双方において営利を目的としているものであるから、依頼していない当事者といえども等しく仲介の利益を享受する以上、その報酬も分担すべきであると考えられることと、商事仲立人は特に商法五四四条以下の規定により依頼者のみならずその相手方に対しても特別の義務を負うものとされていることに因るものと解されるから、右商法五五〇条二項の規定は民事仲立には類推適用することができないものというべきだからである。
四、以上の次第で、被控訴人の本訴請求はその余の判断をするまでもなくすべて失当である。これと異なり、その一部を認容した原判決は不当であるから、これを取消し、本訴請求を棄却することとし、民訴法三八六条、九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 乾久治 前田覚郎 新居康志)